ネットで反玉寶と写真検索すれば、多数検出されるが、そのうち数品は、いわゆる、買い取り屋さんのサイトにある。そこには反玉寶を買い入れました、の文字が、、、
鋳放し銭で、通常貨幣として使用されないだろうから、買い出しで通常の天保銭と一緒に出てくることはないだろう。となると、収集家の遺品か。収集家であれば古銭商やオークションのほうが高いことは知っているだろう。
また、最近ではヤフオクにも結構出回っている。ここ1年で7-8枚でたのではないか。
これらはすべて鋳放しである。。
以前このブログに掲載した、白雲居の拓本帖には拓影はない(日誌にはある)、水原氏の拓本帖にもない、仙岳の南部藩銭譜には鋳放しのものがのっている。
さらに浄法寺の資料館に5枚あり、以上からすると、鋳放しは結構多数存在している。

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これらの写真は同館に古銭と一緒に展示されている。写真ではなく、スキャナでとったもののようです。スキャン画像はどうしても黄色がおかしく出るし、正面と側面が同時にみえるかわった画像となります。資料をつくられたのは盛岡のTさんとのことです。これだけのものがあるのだから、浄法寺で鋳銭されたものかもしれません。故澤井さんはこのことをご存じだったのでしょうか。氏は、本銭を室場鋳とした理由を白雲居の日誌に、拓本が張り付けてあり、室場後期鋳銭と書かれていたから としています。白雲居は室場から軽米に帰ってきた鋳銭職人から情報を得たのですが、、、、澤井さんが亡くなった今、同日誌をみたことがあるのは私だけになってしまいました。同日誌には古銭関係のほか白雲居の家族等の記述もたくさんあり、公開される可能性はすくないと思います。
まだ書きたいことがたくさんありますが、次回にしたいと思います

先日、訪れておどろいた。
反玉寶が5枚も展示されていた(すべて鋳放し)。
写真をだそうと思ったが、まだ許可がでません。
委託品ということだったが、地元のものであれば、現在の室場鋳に関して
変更が必要かもしれない。
この5枚には地元の収集家の解説がついていた。
ただ、銅色が違っており、正規の浄法寺山内銭座からは、鋳放しの天保銭は出現はないように思えるんですが、、、。(称山内銭ではありません)
それにしても、この資料館は多くの収集家が訪れており、澤井さんも訪れたことがあるはずです
しかし、たしかに私が開館直後におとずれたときには、ありませんでした。

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